子どもが売られない世界をつくる | 認定NPO法人かものはしプロジェクト

Feature Report特集レポート

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Report of Japan

これまでの5年間を振り返る
スタッフインタビュー
日本事業報告

「皆さんの魂、すごく燃えてますね」 Interview

これまでの5年間を振り返る
スタッフインタビュー
日本事業報告

Report of Japan

日本年次報告書

日本の児童虐待を中心とした「こどもを取り巻く不条理」をなくすための活動が6年目を迎えます。試行錯誤を経て、大きく前に進もうとしている日本事業。担当のスタッフ3名がこれまでを振り返り、ありのままを語りました。聞き手は元インターンの長島です。

ライター紹介

長島 遼大Ryota Nagashima

1995年生まれ。NPOで働く人に関心を持ち、在学中にかものはしプロジェクトでインターンを経験。現在は、いろんな生き方や働き方を紹介する「日本仕事百貨」で働く。求人窓口やチームづくりの伴走支援を担当。

対談者紹介かものはしプロジェクト日本事業部

  • 村田 早耶香Sayaka Murata

    共同創業者。アフターケア担当。綺麗な海が好き。最近はこどもと水族館で動物と触れ合うことにはまり中。

  • 五井渕 利明Toshiaki Goibuchi

    日本事業部マネジャー。アフターケア担当。よく喋る&活発に見えてひとり遊びが好き。読書、ラジオ、ランニング、筋トレが趣味。

  • 田口 陽子Yoko Taguchi

    日本事業部マネジャー。妊産婦支援担当。夏・海・のんびりすることが好き。趣味は家族でのキャンプ。

インタビューは2024年4月10日に行われました。

長島:村田さん、お久しぶりです!田口さんと五井渕さんは初めましてですね。

村田:ほんとに久しぶり!長島くんがインターンをしていた時期に私は育休を取っていたから、当時はそこまで一緒に仕事はできなかったんだよね。

長島:当時は残念でしたが、ようやくじっくりとお話を聞ける良い機会をいただきました。

田口:早速ですが、緊張しています…!

長島:大丈夫です!(笑)今日は思ったことや感じたことを、なるべくそのまま話してもらえると嬉しいです。かものはしが日本で取り組むことへの納得感を持ちたいですし、これまでの葛藤や今後の取り組みへの思いを聞いてみたいです。

五井渕:楽しみにしていました!よろしくお願いします。

「自分のこどもが生きていく社会が、より良くなってほしい」

日本での事業が立ち上がるまで

長島:まずは日本事業の立ち上げについて教えてください。これまでは海外での事業が中心でしたが、どうして日本に目を向けたのでしょうか。

村田:かものはしの取り組みを伝えるなかで、虐待や搾取を受けている日本の若者やこどもからも連絡をもらうことがありました。自分たちも辛い経験をしているのに「もっと大変な状況に置かれているインドのこどもたちを助けたい」という声を聞かせてくれたり。こどもが売られない世界をつくるため、被害の多い国で取り組んできた一方で、日本の課題に対して何もできないことに矛盾を感じるようになりました。あとは、2016年にこどもが産まれたことも大きかったです。自分のこどもが生きていく社会が、より良くなってほしいという気持ちが一層高まりました。

田口:私は正直、初めは日本に目を向けていませんでした。入社後に所属していたのはインド事業部だったからです。でも、かものはしで活動していくなかで、人身売買が発生する根底には、人がないがしろにされている状態があるのではないかと考えるようになりました。そして、それはインドだけの限られた問題ではないとわかったからこそ、日本事業の話が出た時に関わりたいなって思えたんです。

長島:以前から日本での取り組みを考えられていましたが、実際に事業が始まったのは2019年でした。少し時間がかかったように思えます。

村田:当時のミッションとは整合性が取れておらず、なぜ国際協力NGOが国内支援を始めるのかという声もあったので、時間がかかるのは当然でした。でも、私はどうしても取り組みたかったんです。日本の団体だから日本の課題に取り組むという理由では、かものはしが取り組む理由にはなりません。現場で当事者と関わりながら調査を進めて、理事会でも3年ほど話し合いを重ねました。時間はかかったけれど、たくさんの人が関わったことで日本での取り組みを始めることができましたね。

日本事業の5年間の年表2019〜2021年

  • 2019年度

    日本事業開始

    かものはし職員に加え、こどもの問題に関心や専門性がある外部メンバーとともに、児童虐待やその他のこどもを取り巻く社会課題について、学ぶことからスタート。民間団体や行政機関、専門家や当事者の方々へのヒアリング、現場活動の見学、書籍からの学習などを通じて、児童虐待の問題やその背景にある社会構造を理解することに注力しながら、事業案を構想していた。

  • 2020年4月

    コレクティブ・インパクト事業
    (~2023年3月)

    こどもや家族を地域で支える「地域エコシステム(生態系)」を育むことを目指し、地域の連携・協働を促進するコーディネーター役を担う6団体に対して、休眠預金などを活用した資金支援や研修、コンサルティングなどの伴走支援を行った。

  • VOICE事業
    (~2021年9月)

    施設などの社会的養護の経験のある若者の声を反映させることで現場の支援や制度をより良いものにするための取り組み。一時保護所への訪問や当事者が中心となった政策提言のサポートを行った。

  • 2021年1月

    若者緊急基金プロジェクト
    (~2021年5月)

    コロナによる2回目の緊急事態宣言を受けて経済的な困窮など生活が厳しくなった若者たちに対して、アフターケア事業所と共同で、クラウドファンディングも活用しながら現金給付や食料サポートを行った。

「これまでのチーム体験で最大の失敗であり、挫折でした」

苦しんだ先に生まれた
事業の種火

長島:立ち上げ当初の様子はどうでしたか。

五井渕:最初の頃は本当に苦しかったなぁ。目指すところは一緒なのに、お互いのことを理解し合えなくて。当時は、僕と村田さんはそれぞれ異なるアプローチで取り組んでいました。

村田:そうだったよね。かものはしでは、カンボジア・インドの活動から、当事者の声を真ん中に置くことと、社会システムの変化のどちらも大切だと考えていたので、日本でもそこから始めました。私は、一時保護所でこどもの声を聞く活動(※1)をしていたのですが、取り組めば取り組むほどに、こどもの声を聞くサポートと同じくらい、こどもたちが選べる選択肢を増やすことが重要だと考えるようになって。迷いながら取り組んでいましたね。

※1 年表「VOICE事業」を参照

五井渕:一方で、僕はいろんなデータを見ながら社会構造の理解を深めていき、地域単位で官民の支援者の連携やつながりをつくることで虐待を予防する事業(※2)を進めていました。現場で当事者と接している村田さんとは見ている世界観が違いました。

※2 年表「コレクティブ・インパクト事業」を参照

田口:最初の3年間(※3)は試行期間だったこともあり、事業の軸が決まっていなかったから、全員でミーティングしても話が合わなかったよね。結果を出せないことに焦りを感じて、内部で何度も揉めていました。

※3 年表「日本事業開始」を参照

五井渕:そうだったよね…。一人一人の思いに目を向けて、お互いを大切にし合えるチームにはなっていなかったんです。マネジャーの役割を担っていた僕にとって、これまでのチーム体験で最大の失敗であり挫折でした。

長島:なんと…そんなことがあったとは。僕からはさまざまな取り組みが進んでいるように見えていましたが、内部では葛藤や衝突も多かったんですね。転機はいつだったのでしょうか。

田口:試行期間が終わる半年前から戦略を考える期間を設けたのですが、次第に私たちは何がしたいのかを話すようになりました。手を挙げて「私はこれが大事だと思う。これをやりたい」ということを、全員が発言したんです。本当にやりたいことを伝え合ったことで、一人一人がオーナーシップを持って進めていきたいと思える事業の種火が生まれたことが大きかったと思います。

五井渕:そうそう、この時期から僕と田口さん2人でマネジメントする体制になったんだよね。「生まれた種火を絶対に消さないように選択と集中を繰り返そう」と話し合ったことを覚えています。種火を持ったメンバーは諦めなかったし、チームによるサポート体制も徐々にできていきました。出会いや機会にも恵まれた結果、妊産婦支援(※4)とアフターケア(※5)という2つの柱ができました。

※4 年表「孤立しがちな妊産婦の支援事業」
※5「児童養護施設などを退所した若者の巣立ちの応援事業」を参照

日本事業の5年間の年表2021年〜現在

  • 2021年10月

    コロナ禍における支援
    プロジェクト(~2022年9月)

    コロナ禍で経済的な困窮など厳しい生活を余儀なくされているこども・若者やその家族に対して、生活に必要な食料などを渡せるようにアフターケア事業所など2団体に対して資金提供を行った。

  • 2022年4月

    孤立しがちな妊産婦の支援事業
    【妊産婦支援】(~現在)

    妊産婦と妊娠期からつながり、産前産後を安心して過ごすための居場所「ふたやすみ」を運営している。宿泊・日中の居場所・自宅訪問を通じて、妊産婦やその家族をサポートしている。

  • 児童養護施設などを退所した
    若者の巣立ちの応援事業
    【アフターケア】(~現在)

    虐待などを理由に親を頼ることができない若者が安心して生活できるようにつながりや選択肢の保障の実現を目指している。児童養護施設の退所者への支援に携わる職員へのサポートなどを行ってきた。

  • 2023年4月

    地域の創発・協働事業
    (~現在)

    休眠預金等を活用した3年間のコレクティブ・インパクト事業を引き継ぎ、千葉県松戸市で地域の支援者の連携・協働を深めることで、虐待や孤立の予防・早期発見に取り組んでいる。

進み出した妊産婦支援と
アフターケア事業

長島:妊産婦支援とアフターケアが事業の柱になった背景をもう少し詳しく聞きたいです。

田口:児童虐待の問題には、負のサイクルが続いていくという不条理さがあります。例えば、育児放棄をしてしまった事例を詳しく見ていくと、こども時代に何らかの逆境体験がある人もいる。私は、この負のサイクルを何とかしたいと気づきました。日本には妊産婦支援の団体がとても少ないんです。だからこそ、妊産婦の居場所を1つでも増やし、将来的には誰もが当たり前に支援を受けられるよう、面的な広がりをつくることに大きな意味があると思っています。

村田:うんうん、ほんとにそうだよね。アフターケア事業の立ち上げ当初を振り返って思うのは、本当に魂を燃やしていないと事業は立ち上がらないということです。責任感で取り組んでも、チームは動かないし事業は進まなかった。私の魂が燃えていたのは、虐待を受けたとしても、その人が自分の人生を自分の意思で選び取れるように、社会がその人に提示できる選択肢を増やすことでした。だから、児童養護施設などを退所した若者に支援を届け、本人が望むつながりや選択肢を提供するアフターケアに取り組もうと決めました。

長島:当初は各々が実現したい未来に向かって取り組んでいたけれど、今は妊産婦支援とアフターケアという異なるアプローチであっても同じ未来を目指して取り組まれているように感じました。

五井渕:そうですね、異なる場所から井戸を掘っているけれど、掘っていった先にたどり着く水脈は繋がっていると思えています。それぞれの事業をリスペクトしながら、僕はここで頑張るからそっちは任せるねという気持ちで取り組んでいますね。

サポーターさんに「失敗していいのよ」と言ってもらえて。

迷ってるとか、
揺れ動いているとか、
ちゃんと言葉にしたい

長島:立ち上げから5年が経ち、一人一人が迷いなく取り組んでいるように見えます。

村田:アフターケア事業の大きな転換点は、「えんじゅ(※6)」から一緒に活動してほしいと相談をもらったことでした。一緒に活動できれば、全国のアフターケア事業所(※7)を支援することができるし、現場の声を国や自治体にまとめて届けることで制度に反映させることもできます。そして何よりも施設などを退所した若者への支援の底支えができる。取り組んできた活動の点が線になった瞬間でした。

※6 えんじゅ:社会的養護のアフターケアに取り組む団体で構成する全国ネットワーク。全国各地で活動するアフターケア事業所がつながり、学び、支え合うことを通じて、社会的養護経験者等の権利が保障され、幸福を追求することのできる社会をつくるために活動している。
※7 アフターケア事業所:施設などを退所した若者が交流する場をつくったり、生活や仕事に関する相談支援などを行っている事業所。

五井渕:えんじゅ代表・高橋亜美さんは、若者に対して「まずはどんな状態でも来てくれればいい、ここなら大丈夫という安心を一緒に育みたい。そして、ここじゃなくてもあなたは社会で生きていけるよって見送り、見守りたい」と言っていて、その言葉に深く共感しました。当事者や現場に近いところで、傷つきながらもやってきた手触り感のある繊細な感覚と、社会システム全体のなかで何が必要かを考える力の両方を持っているかものはしだからこそ、役に立てると思えたんです。これまでの苦しい時間も意味があったんだなって。

田口:私自身の変化は直近の1年でした。それまでは、大きな成果や早く課題を解決することを期待されていて、失敗はできないと考えていました。でも、去年の総会でサポーターさんに「失敗していいのよ」と言ってもらえて。勝手に自分を縛っていたことに気づいたんです。それから私自身の納得感を大切にできるようになりました。また、頭のなかで事業の必要性を理解した後に、妊産婦支援を通じて、当事者の方と直接関わるようになったことで事業のリアリティが増しました。取り組みに体重が乗って、思いも強くなっています。

長島:これからの日本事業はグッと前に進んでいきそうですね!そろそろ終わりの時間ですが最後に伝えたいことはありますか?

五井渕:じゃあ僕から話しますね。当事者がかわいそうだから助けたいとか、力なき存在だから救いの手が必要という姿勢ではなく、社会構造や状況上、今は不条理で大変な状態だけれど、本来は一人一人に力があって、対等で、尊厳のある存在です。そして、その人の人権を尊重していくサポートが僕たちの役割です。また、人と向き合うには、自分自身の体験や葛藤にも向き合わないと対等になれないとも考えています。でも常に向き合えているかというと、そんなことはないんですよね。

田口:うんうん。完璧にはできないからこそ、今まさに迷っているとか、揺れ動いているということを、ちゃんと言葉にしたいと思っています。これが私たちの考える誠実さであり、これからもそういう姿勢で取り組んでいきたいです。

村田:長島くんがインタビューしてくれて、自分たちを振り返るとても良い時間になりました。走り続けることも大事だけど、立ち止まらないと大切なことって見えなくなってしまうので、今日は本当にありがとうございました。年一回くらい、長島くんを呼びたいです。(笑)

五井渕:同感です!今日は大切なことをたくさん振り返ることができました。日本事業の立ち上げ期に、物事がうまく進まなかったからこそ、妊産婦支援とアフターケア事業が生まれたんだよね。

田口:そうだね、もし立ち上がりがうまく行ってたら、「わたしたちできるじゃん」って傲慢になってたと思う。長島くん、今日はインタビューしてくれて本当にありがとう!

長島:そんなふうに言っていただけて、嬉しいです。ぜひ、また呼んでくださいね!今日はありがとうございました!

一人の「こどもが売られない世界をつくる」という思いが、多くの人を巻き込み、社会を変えていったことを、かものはしに関わる僕たちは知っています。そして、未来は自分たちの手で変えていけると知っている人が、たくさんいることに希望を感じます。

次にかものはしが目指すのは「だれもが、尊厳を大切にし、大切にされている世界を育む」こと。日本事業を担当するスタッフの思いや人柄を知れたことで、彼らが目指す未来を見てみたいという気持ちが、より一層強くなりました。(長島)

あなと一緒に考えたい #こども

かものはしでは、当事者の声を聴くことやこどもの権利を尊重することを大事にしています。国が掲げる「こどもまんなか社会」を実現するためにはこのような取り組みが必要だと考えています。ご自身の生活で「こどもまんなか」を意識することはありますか?こどもがまんなかになるためにできることを一緒に考えてみませんか?

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