国がようやく動き始めた~人身売買被害者を守る新法制定に向けて~
date2016.10.19
皆さん、こんにちは。インド事業部スタッフの手嶋です。
日本は随分と暑さが和らぎ、すっかり秋を感じる季節になりましたね。
個人的には温かい色味を感じられる秋が、1年で1番好きな季節です。
インドに出張に行くと、よく現地の人に「日本は今どんな気候なの?」と聞かれますが、
皆さんインドは今どんな気候かご存知ですか?
インドは1年中暑いイメージをお持ちかもしれませんが、
インドも9月頃からだんだんと涼しくなります。
7月にインド出張へ行ったときは、ちょうどインドは雨季だったので
日本の梅雨と変わらず、ほとんど毎日雨が降っており、移動が大変でした。
さて今回は、インドで子どもが売られる問題を解決する動きとして
実際にインドではどのようなことが行われているのか、その最新情報を一部ご紹介します。
国がようやく動き始めた
インド政府は2016年5月30日に
「人身売買防止法(案)」とする新しい法律の草案を一般公開しました。
この法律は、かものはしが解決に向けて取り組んでいる
"児童買春を目的とした人身売買"に限らず、
児童労働や奴隷のような強制労働を含めたあらゆる人身売買を
インド国内で包括的に防止することを目的とした法律です。
(一般公開された新しい法律草案の表紙)
2015年にインドの最高裁判所が、インド政府へ
人身売買問題に関連する法律の整備を行うよう命じたことにより、
今回の新法草案が作られました。
インドには"公益訴訟"(アメリカなどでは公共訴訟とも呼ばれる)という
個人や法人に対してではなく、国や行政を相手に
社会問題など公共の利益に関する訴訟を起こす仕組みがあります。
インドの人身売買被害者女性支援を行っているNGOが、この仕組みを使って
2004年に訴訟を起こしたことが、この最高裁の判決につながりました。
州をまたぐ犯罪の取り締まりが強化される
この新しい法律がもし制定されたら、インドの人身売買問題は
どのように改善されるのでしょうか?
かものはしが特に注目しているのは、
この法律によって、国に直轄の特別捜査機関が設置されるかどうか、
そしてそれによって捜査が複雑かつ困難な人身売買犯罪に対して
捜査体制が強化されようとしているかどうかという点です。
過去のブログ(※)でもご紹介してきたとおり、
インドの人身売買問題は州をまたいで起きていることが
その解決を難しくしている1つの大きな要因となっています。
※詳しくはこちらから
さくっとわかる!インド事業ダイジェスト(2015年4月23日)
少女を人身売買に巻き込んだ「加害者」が適切に処罰されるために(2015年10月14日)
(犯罪の被害に遭う女の子たちの出身地と、売られていく先を表した図。
特に被害の多いルート間は約1600kmも離れている。)
インドは1つの国でありながら、各州で言葉や文化が違うばかりか
連邦制であるため、州同士の横の連携を図ることが容易ではありません。
そのため、州をまたいで起きている犯罪に対して
それぞれの州の警察が連携して捜査に乗り出すことは極めて少なく
特に人身売買のように遠くの州から被害者が連れてこられている場合
わざわざ別の州まで捜査に行くことになってお金もかかるので、
余計にハードルはあがり、警察はそう簡単に動いてくれません。
その結果、少女たちを村から売り飛ばしてお金を稼いでいる人たちは
ほぼ逮捕されずに野放しになるので、人身売買は
"売れば売るだけ儲かるし、逮捕されるリスクも低い、おいしいビジネス"
となってしまい、犯罪に手を染める人が一向に減らないのです。
これに対し、国はどのような警察の組織体制や仕組みを整えれば、
この犯罪に対する捜査が適切に行われ、犯罪を抑止することができるのか、
まさにその仕組みが、この法律によって作り上げられようとしています。
具体的には、国にFBIのような人身売買専門の特別捜査機関を設ける
という案も議論されましたが、この点は諸管轄省庁間での足並みがそろわず、
このブログを書いている現時点でもまだ決着がついていません。
一方、州政府に任命された"人身売買捜査員"を各地域へ配置することを義務付け、
捜査における責任の所在をこれまでより明確にすることについては
諸管轄省庁間で合意がなされ、草案に盛り込まれました。
今後、11月末から始まる冬の国会でこの法案審議が始まることが予測されており、
国会で法律の内容はさらに議論され、修正が予想されるものの、
効果的な仕組みづくりが、この法律を通じて実現されれば、
これまで捕まらなかった人たちに対する取り締まりが強化され、
新たな犯罪の被害を抑止できるのではないかと、かものはしは期待を寄せています。
かものはしに今できること
かものはしはこの法律の草案づくりに、
インド現地のパートナー団体を通して積極的に関与してきました。
法律の草案が一般公開された5月31日から、6月30日までの1か月間は、
パブリックコメント(一般の人から草案に対する意見を募集する)の期間でした。
この期間に私たちは、一緒に活動しているサバイバー(※)たちの声が
しっかりと政府に届き、新法に取り入れられるよう、
サバイバーを集め、新法に関するワークショップを開きました。
※サバイバーとは、元人身売買被害者を意味する言葉で、
被害を受けながらも「生き抜いてきた人」という意味があります。
(ワークショップの様子)
そこで彼女たちがどんなことに日頃苦しみ続けているのか、
だからこそどんな法律であってほしいのか、
その場で出た意見をひとつの手紙にまとめ上げ、
現地パートナー団体を通じて所轄の省庁大臣宛に意見書を提出しました。
この手紙については、インド現地で新聞を始めとしたメディアにも取り上げられ、
大臣の目にもとまり、注目を集めています。
さらに、かものはしは現地のNGOやメディア関係者と協力して、
国の動きを注意深く見守りつつ、このチャンスを決して逃すまいと、
この問題を現地でメディアを使って広く伝える活動にも力を入れています。
(サバイバーからの陳述書について取り上げられたインドのニュース記事)
法律が制定されても実態が伴っていないような事例は、
どこの国にもあるので、この新しい法律が全てを解決に導くわけではないと思います。
しかし、かものはしが2004年に活動を開始したカンボジアでも、
2008年に人身売買を取り締る法律が制定され、
それを機に、状況は少しずつ改善に向かいました。
インドとカンボジアでは、国の規模が大きく異なりますが、
それでもこの問題に国民の関心が集まれば、
必ず国を大きく動かす力となります。
そして、法案にしっかりとこの犯罪によって苦しんでいるサバイバーたちの声と、
現場で長年活動し、問題解決についてよく知っている関係者の声が反映され、
無事に国会を通過すれば、問題解決のスピードが加速されるきっかけになることは間違いありません。
(かものはしが支援している2人のサバイバーのことが、BBCに取り上げられました。動画の中でインドの新法草案についても触れられています。※日本語の動画はこちらから見ることができます。)
法案に関する議論は始まったばかりなので、
最終的にどんな内容にまとまるのか、国会を無事通過できるのかなど
まだまだ気は抜けない状況にあります。
しかし、この問題に対するインド国内の動きが、
少しずつですが確実に変わってきているのを、
私たちはとても心強く感じています。
インドの問題が1日も早く解決に向かうよう、
この流れを全力で後押ししながら、
引き続き私たちに今できることにしっかり取り組んでいきます!
インド事業部スタッフ。学生時代は理工学を専攻し民間企業へ就職。「困難な状況にある人の人生を大事にすることが、自分の人生を大事にすることにもつながる」との思いから転身を決意し、2015年4月よりかものはしに参画。