次の被害者を出さないために
Report of India
清水 友美Tomomi Shimizu
インド事業統括・パートナー
2011年から2年間のインド駐在を経て、2013年7月からかものはし東京事務所勤務。大学院卒業後、国際機関や人道支援機関で開発援助事業に携わる。森と温泉が好き。
私は従姉に売られた
恐怖と絶望の連続
2013年3月、私はサリナに会うために、コルカタから3時間、
ガタガタの道を車に揺られていた。
サリナの住む西ベンガル州南24区はバングラデシュとの国境にあり、
世界遺産でもあるスンダルバンス国立公園があるデルタ地域だ。
洪水やハリケーンが来ると農作物はすぐ塩害にやられてしまって、
家族の誰かが出稼ぎに行かなければ食べていけない。
6年前、サリナも同じように村を出て働こうと決めた。
17歳だった。
「父も母も働き通しで、それでも家族全員が3食食べることはできなかった。
だから私が働こうと思いました。
父と母に相談したら止められたんだけど、
私、お腹をすかせ、学校にも行けない弟や妹のために働きたかった。
そんな時、同じ村に住む従姉が
とても良い働き口を紹介してやるって言うので会いに行きました。
そこで勧められた冷たい飲み物を飲んだら気を失い、
気づいたら電車に乗っていて知らない男が隣にいました。
私は訳がわからず、家に帰してほしいと泣き叫びました。
そしたら暴力をふるわれ、静かにしないと殺すぞと脅されました。
『お前をあの女から買った。
お前は借金を返すまで今から行くところから出ることはできない』
と言われ、売春宿に連れて行かれました。
私は従姉に売られたのです」
©Siddhartha Hajra
サリナは「はにかむ」という表現がぴったりの、小柄で静かな「女の子」だった。
底のない漆黒の瞳に吸い込まれる。
深い悲しみを映し出しているとも、凛とした決意を映し出しているともとれる瞳だった。
盛土をした床に竹でできた壁。
トタン屋根をヤシの葉が覆い、日除けになっている。
豊かではないが、簡素できれいに手入れされた家だ。
そこにサリナは両親と兄、4人の弟、3人の妹と暮らしている。
売春宿からレスキューされ、家に戻ることができたサリナは
勇気を振り絞って、従姉に対する訴訟を起こした。
でも村の中でサリナの味方になってくれる人はおらず、従姉の嫌がらせは続き、
飼っていたニワトリを殺されたり、父親が怪我を負って入院したこともあった。
やがて恐怖で家から出られなくなった......
そんな風に自分の過去を話してくれた彼女の声は消え入りそうで、
視線は定まらず、私は心が苦しくなった。
©Siddhartha Hajra
女性の声に耳を傾ける清水。
支配される側から
自分で決める側に
身も心も閉じこもってしまったサリナを心配し、
お母さんが地元のNGOに相談に行った。
そうして彼女はかものはしが支援するカーリャプロジェクトに参加することになった。
このプロジェクトでは人身売買の被害にあった女の子10人が協働して
自分の中に蓄積した「罪」の意識を取り除き、レジリエンス(生きる力)を回復させる。
定期的に集まって心的回復のプログラムに取り組むとともに、
一人一人がマイクロビジネスを始めるのが特徴だ。
地元のNGOと一緒に市場調査をして始めるビジネスを自分で決め、
かものはしから1万5千ルピー(約3万円)の立ち上げ資金を受け取る。
地元のNGOは事業改善のアドバイスはするものの、彼女たちの意思を尊重し、
自分で決めたことを遂行できるように
そっと寄り添って支えるのが基本スタンスだ。
サリナは村はずれに小さなお店を建てた。
小分けになったシャンプー、歯磨き粉、水がめ、鉛筆、ノートなど日用品、
シャボン玉などの玩具、髪飾りやビンディなどおしゃれグッズも売っている。
生計を立てるために始めたマイクロビジネスは、女性たちの心の回復も助ける。
たくさんの商品が並び、店の前には女の子たちが楽しそうにたむろっていたが、
儲かっているようには見えなかった。
ビジネスの初歩をわかっていない彼女たちが貧困を抜け出すには、
寄り添うことより強力な介入が必要なんじゃないか、と思いサリナに聞いた。
「1日いくら稼ぐ必要がありますか。
3年後にはどれくらいのビジネスにしたいですか。
実現のためにしなければならないことは何だと思いますか」
するとサリナは困惑しながらも、はっきりと私の目を見て言った。
「私のお店は、まだ儲かっていません。
でも、私にとってこのお店はそれ以上の意味を持っています。
私はこれまでずっとコントロール『される』側の人間でした。
誰かに命令され、従うしか術がなかった。
そんな私が『今日の仕入れは何にしよう、儲かったお金で何を買おう』
と考えて行動を起こせるようになった。
『人身売買の被害者』から『ビジネスウーマン』になったんです。
支配される側から何かを決める側になれたことは、
私にとって奇跡でした」
頭をがつんと打たれた思いがした。
©Siddhartha Hajra
支配される者から何かを決める者になった女性たちが語る言葉は力強く、まっすぐ胸にささる。
人生すべてをかけて
正義を求める
サリナとは、それから何度か会っている。
2014年1月に行った調査ヒアリングにも参加してくれた。
この調査は、11人の人身売買案件を追跡し、
サバイバー(人身売買被害者)の正義を裁判で実現するためには
何が障害となっているのか、
被害者が出身地から目的地まで売られていく「人身売買」を実証し、
加害者を取り締まるためにはどうしたらいいのかを分析するものだ。
浮かび上がった現状は、裁判を起こしたサバイバーたちにとって
あまり芳しい結果でなくて、私は心が重かった。
ある女の子のお母さんが言った。
「私の娘は何も悪くない。でも村の人たちや親戚は、
あの娘が男をそそのかしたんだ、けがれてる、と私たち家族を追い込む。
彼らに正義を理解してもらうために裁判をするのです」
ある女の子は言った。
「裁判に勝ったところで私に直接の利益があるわけではないけれど、
コミュニティの人たちに『犯罪を犯したものは罰せられる』と理解してもらうことは大事だから闘うの」
それに感化されたように、サリナも立ち上がった。
「村に帰ってきた時、私はずっと泣いてた。
未来はもうないと信じてた。怒りが自分を壊してしまいそうで怖かった。
でもカーリャプロジェクトに参加して、
自分と同じように苦しんでいる女の子たちがいることを知った。
最初は自分の気持ちと向き合うのが苦痛だったけど、
絵や詩を使って自分の気持ちを表現できるようになると、
罪悪感や後悔がすっと昇華するのを感じた。
そして一緒に取り組む私たちは「同志」になった。
誰かとつながることができるなんて!
私は同志と一緒にこの闘いに挑むことにした。
同志が折れそうな心を支えてくれた。
裁判は、私にとっては闘いだ。
この闘いには、勝てないかもしれない。
でも私は、人生すべてをかけて、
私を売春宿に売り飛ばした人と闘い続ける」
村に戻った被害者が描いた自分の顔。村に戻った後、孤独感から自殺を試みる被害者が多いが、この絵には生きる希望を取り戻したプロセスが描かれている。
©Siddhartha Hajra
サバイバーと現地バートナー団体「サンジョグ」のウマと清水(真ん中)。
長く暗い道のりの末、生きる力を取り戻した彼女たちの姿は、とても美しい。
生きていてくれて
ありがとう
2014年5月、さまざまな立場の関係者16人が専門性を持ち寄り、
被害者の正義を実現する最強の長期計画を立てるためにコルカタに集まった。
救出を担うレスキューファンデーション、
サバイバーの生活を支えるコルカタと農村部のNGO、
かものはしから本木と私。
このワークショップにもサリナの姿があった。
サリナの「同志」、カーリャプロジェクトの女の子2人も参加してくれた。
こうした場にサバイバーが参加し、発言するのは初めてではないだろうか。
そしてなんと、サリナの救出に携わったレスキューファンデーションの弁護士、
シャイニーもたまたま参加していた。
感動の再会。
「シャイニーさん。6年前、あの売春宿で、
恐怖で泣きじゃくることしかできなかった私が
ここまで回復し、成長しました。
あなたが救い出してくれていなければ、今の私はなかった。
あなたに恩返ししたくて、今日まで歯を食いしばって頑張ってきました。
あなたには、目の前の私が、6年前のあの私だと信じられますか?」
サリナがそう聞くと、シャイニーは泣き出した。
「私がレスキューに入った時、あなたはとても小さくて真っ暗な、
人がいるとは到底思えないスペースに押し込められていた。
必死で引きずり出したあなたはただただ小さかった。
震える体を抱きしめながら、
どうかこの子に素晴らしい人生が待っているようにと、
それだけを願って保護し、村へ送り返しました。
私たちの仕事が報われるのは、救い出した女の子が
その後の人生を一生懸命に生きていることを見ることができる瞬間です。
生きていてくれてありがとう」
強面の男性NGO職員も私も、部屋にいた16人全員が、
あふれる涙をこらえられなかった。
私たちの追い続ける希望は実現するのだと、
誰もが身をもって感じることができた瞬間だったのだと思う。
レスキューファンデーションが救出する女の子の数は年間約300人。
性産業に従事する人身売買の被害者はインド全体で100~300万人と言われている。
サリナは、そのうちの1人にしかすぎない。
私は正義を求めるサバイバーの女の子たちを全力で支え、
「次の被害者を出さない」ために、一緒に闘い続ける。
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